ヨハネによるロゴス(1)原初の言葉1


ヨハネによる福音書の冒頭に出てくる「言葉」についての記述を読みます。ギリシア語で「言葉」はロゴスと言います。

Prologus Ioanni Vulgata Clementina.jpg
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Ἐν ἀρχῇ ἦν ὁ λόγος, καὶ ὁ λόγος ἦν πρὸς τὸν θεόν, καὶ θεὸς ἦν ὁ λόγος. (Io 1:1)

In principio erat Verbum, et Verbum erat apud Deum, et Deus erat Verbum.

はじめに言葉があった、そして言葉は神のそばにあった、そして言葉は神であった。

ἦνはεἰμίの未完了で「〜があった」「〜が存在した」の意味です。補語を伴う場合には「〜は〜であった」と訳します。これに相当するラテン語はsumの未完了eratです。

2つの接続詞ギリシア語で καί「そして」、ラテン語で et「そして」が3つの主節をつなげています。

最初の文の主語はλόγος「言葉」です。ἐν +   与格で「〜のときに」と時間的な位置を表現します。ここではἀρχή「はじめ」の与格 ἀρχῇが続いています。よって ἐν ἀρχῇ ἦν ὁ λόγοςは「はじめに言葉があった」と訳せます。ラテン語のin + 奪格も時間的な位置を表現しています。principioはprincipium「はじめ」の奪格です。

次の文も主語はλόγος「言葉」です。πρός + 対格で「〜のそばに」「〜に対して」と場所を表現します。ここではθεός「神」の対格θεόνが続いています。ὁ λόγος ἦν πρὸς τὸν θεόνは「言葉は神のそばにあった」と訳せます。πρόςに相当するラテン語の対格支配の前置詞apudも「〜のそばに」「〜の側に」「〜とともに」の意味です。この前置詞はフランス語ではavec、英語ではwithがあてられていますがギリシア語のπρὸςには対応する意味がなくラテン語apudから訳されたものと推定できます。

最後の文も主語はλόγος「言葉」です。ここでは主語に対する補語 θεός「神」があるため θεὸς ἦν ὁ λόγος「言葉は神であった」と訳します。λόγοςもθεόςも主格なのでどちらが主語でどちらがその補語か判定しなくてはいけません。ギリシア語では一般的に定冠詞が付いている方が主語になりますので、ここではὁが添えられているλόγοςが主語だと判定できます。ギリシア語の定冠詞は英語やフランス語の定冠詞のように既出であることは条件になりません。一方定冠詞がないからといって英語やフランス語の不定冠詞に相当するような「あるひとつの」というような表現は不要です。この文のθεόςは二つ目に出てきたθεόνと同じものを指しているのは明らかです。

一方定冠詞のないラテン語では主語とその補語の判定はできません。Deus erat Verbumは「神は言葉であった」とも「言葉は神であった」とも訳される可能性があります。フランス語LSでla Parole était Dieu、英語KJVでthe Word was Godと間違いなく約されているのは原典としてラテン語だけでなくギリシア語も参照しているからといえます。

この節に出てくる「言葉」とは肉体をもって地上に現れ数々の言葉を語った「イエス」を指していると一般に解釈されています。このためイエスは「受肉した言葉」、フランス語でle Verbe incarné、英語でthe incarnate Wordと表現されます。

この観点からこの節は以下のように解釈することができます。ἐν ἀρχῇ「はじめに」おいてはイエスは地上には未だ現れず「受肉していない言葉」として存在していた、というのが最初の文の意図するところです。そして受肉していない言葉は人間には認識されず、同様に人間が直接認識することのできない神のそばにいた、というのが次の文の意図するところです。また受肉していない言葉は神と不即不離であったため「言葉は神であった」というのが最後の文の意図するところです。

ヨハネによる福音書はギリシア人またはギリシア語を主に話すユダヤ人向けの文書とされ、その記述は当時のギリシア世界にあった思想哲学を意識しているようです。これはマタイによる福音書が冒頭でアダムからイエスまでの系譜を数え上げ、ユダヤ人に対してその正当性を主張する様子と比較すると非常に異質な印象を与えます。

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