イエスの誕生(5)聖母マリアの旅


前節の旅に出たヨセフの文章から続いています。

Pieter Bruegel the Elder - The Census at Bethlehem (detail) - WGA03381.jpg
旅のヨセフとマリア By Pieter Brueghel the ElderWeb Gallery of Art:   Image  Info about artwork, Public Domain, Link

ἀπογράψασθαι σὺν Μαριὰμ τῇ ἐμνηστευμένῃ αὐτῷ, οὔσῃ ἐγκύῳ. (Lc 2:5)

ut profiteretur cum Maria desponsata sibi, uxore praegnate.

人口調査のために、彼の婚約者で妊婦であるマリアとともに。

ラテン語のut profitereturは「(人口調査の)申告をするために」と訳すことができ、これは少し前に出てきた「すべての人が申告をする」ときに使われていた ut profiterenturと同じ接続法の未完了です。ただし前者はヨセフのみなので単数で、後者はすべての人なので複数です。

ところがギリシア語の場合ここではἀπογράφω「人口調査をする」のアオリスト不定詞中動態 ἀπογράψασθαιが、一方で前に出てきたすべての人に対しては現在不定詞中動態 ἀπογράφεσθαιが使われています。アオリストは直説法においては過去の完結した動作を表現しますが直説法以外では過去の概念は持ちません。むしろ相と呼ばれる動作の質を表します。不定法でのアオリスト時制は一度だけの繰り返しのない単純動作を表現し、現在時制は繰り返されたり時間の幅を持つ動作を表現します。ヨセフが人口調査のために行う動作は一度だけの単純動作ですが、すべての人の場合には繰り返されある程度の時間の幅を持つことになります。ラテン語では失われているこの相の感覚がギリシア語では表現されていることがわかるでしょう。

σύνは与格支配の前置詞で「〜とともに」を表します。続くΜαριὰμ「マリア」は格変化しませんが彼女を修飾する分詞 ἐμνηστευμένῃはμνηστεύω「結婚の約束をする」の完了中受動分詞「結婚の約束をした女性」の与格女性単数です。αὐτῷも与格ですが男性単数で「彼自身に対しての」の意味でἐμνηστευμένῃに掛かります。ラテン語ではcum + 奪格でMariaとdesponsataは奪格、sibiは与格「彼に対して」になっています。

οὔσῃはεἰμίの現在分詞、ἐγκύῳはἔγκυοςは「妊婦」の意味で両方とも与格女性単数で同格のマリアに掛かります。ここに相当するラテン語は名詞uxor「妻」の奪格単数 uxore、形容詞praegnans「妊娠した」の奪格女性単数 praegnateで、同格のマリアの言い換えになります。このuxorは「妻」「結婚した女性」以外の意味はなく完了受動分詞 desponsata「婚約させられた」つまり「婚約者」と意味がかぶっています。「婚約者」であることはギリシア語でも異論はないのですがこのタイミングで「妻」であったのかは疑義が残るところです。また「妻」に対して「婚約者」とあえて言うことはないでしょう。

ちなみにフランス語LSではavec Marie, sa fiancée, qui était enceinteと妻の文字はなくギリシア語の直訳に近いですが、英語KJVではwith Mary his epoused wife, being great with child とwifeという単語がありラテン語訳が参照されていると思われます。

 

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