排尿の作法

サクラです。こんにちは。

SRSによる生活の変化の内で最も身近で重要なことは排尿の仕方の変化でしょう。

手術から2ヶ月経過して、日常の生活に戻ってきました。でも未だに排尿は無意識にしているとまではいえず、意図的に作法を考えながら行っています。手術前と比べて便座に座るまでは同じですが、そこから先は結構違います。

よく考えてみれば私が女性の仕組みで排尿するの2ヶ月そこそこなわけですから、一人でトイレに行ける女児のほうが私よりよっぽど熟練者なのです。とはいえ自分の娘たちに聞くのも親のプライドが許さず、ネットで調べたり、試行錯誤で方法を模索しました。

今の所洋式便座での排尿は以下のような方法が最良と考えています。

  1. ショーツは足首まで下ろす。足は大きく広げて尿道が広く開かれるようにする。
  2. 上半身は少し前かがみにする。下腹部に手を当てておくと良い。
  3. 腹式呼吸で膀胱にゆっくりと圧をかけて排尿する。
  4. 残尿のないように最後まで出し切る。
  5. ビデが有る場合は使う。
  6. トイレットペーパーを幾重かに平たく巻いて尿道の下に前から手をいれしっかりと当てる。こすったりせずそのまま10秒ほど待つ。
  7. 必要であればもう一度トイレットペーパーを使う。

傷が治ったのでナプキンのかわりに薄いライナーを使うようにしています。微妙な残尿でショーツを汚すことがないのでとてもいいです。

こういう下半身に関することは、通常大人は語らないでしょう。でも私のように経験の浅いものにとっては言語化して記録することは非常に重要です。

実は手術前に一番心配だったことは排尿についてでした。うまく手術で尿道がうまく形成されなかったらとか、頻繁に漏らしてしまったらとかいろいろ案じていました。

しかし結果としては手術もその後の回復も順調で、女性的な排尿にも不便を感じません。男性器がついていたときは、男性器の方が排尿は楽だろう、と思っていました。でも両方を体験してみるとどちらにもメリットとデメリットはあり、もし選べるのであれば、それは好みとしか言いようがありません。

ジェニー・フィールズの世界

こんにちは、サクラです。

中学高校の時には読書が好きで、いろいろな本を読みました。その中で、ある小説に出てくる女性の生き方に非常に感銘を受け、影響を受けました。

アメリカ東海岸のジョン・アーヴィングという作家の作品に『ガープの世界』という小説があります。主人公ガープの母親、看護婦のジェニー・フィールズは第二次世界大戦中のボストンで息子を生みます。

彼女はセックスにもボーイフレンドにも興味がなく、女性に傲慢な態度で接する多くの男性と、そういった男性に依存するだけの女性に対して反感を持っています。彼女は夫はいらないと思う一方で、一人だけ子供を持ちたいと望みます。

It was, to her, the ideal situation: a mother alone with a new baby, the husband blown out of the sky over France. … An almost virgin birth. At least, no future peter treatment would be necessary.

彼女にとって、それは理想的な状況だった:新生児と母親だけ残され、夫はフランスの空の上で吹き飛ぶ。… ほとんど処女出産である。少なくとも将来的な陰茎の取扱いは必要でないだろう。

でも子供を生むためだけに生殖活動をともに営み、かつ後腐れのない男性を見つけるのは意外と難しいものでした。

“I wanted a job and I wanted to live alone. That made me a sexual suspect. Then I wanted a baby, but I didn’t want to have to share my body or my life to have one. That made me a sexual suspect too”

「私は仕事をして一人で生きたかった。それが私を性の容疑者にした。そこで私は赤ん坊をほしいと思った、しかしそのために自分の身体と生活を誰かと共有はしたくなかった。それもまた私を性の容疑者にした」

80年前の世界は今よりずっと保守的でした。

戦時中には、彼女の勤務するボストンの病院にも負傷兵が運ばれ、彼女もその看護に当たります。彼女は兵士たちを外傷を負ったもの、内臓を悪くしたもの、脳に障害を受け意識のないもの、そして助かる見込みのないものの4種類にカテゴリ分けしていました。

彼女の病院にあるときガープ軍曹という4種類すべてのカテゴリに該当する兵士が運ばれてきました。ただ彼の男性の機能は正常で始終勃起していました。彼に愛着を持ち、彼の負傷前の健康状態や軍歴が良いものと知ったジェニーは、彼を生殖相手に見定め、病院のベッドに寝ているだけのガープ軍曹に乗り妊娠を果たします。この小説の主人公ガープはこうして生まれ、彼の名前はガープ軍曹の名字から取られれました。ガープ軍曹は間もなく死に、ジェニー・フィールズとその息子ガープの物語がはじまります。

男子高校生の私は、妻はほしくない一方で子供だけ持ちたいと考えていたので、このジェニー・フィールズの生き方に強い共感を覚えました。しかし彼女と違い子宮のない私には、その実現はよりハードルが高いものでした。SF小説では自分のクローンを作って育てる話もありますが、今でも人間の生殖にたいする実用化のめどが立っていません。当時の私の考えていた将来の計画は、なんとかして金持ちになって、契約を結ぶことで女性に代理出産をしてもらうことでした。30年前の世界でも充分世の中は保守的でした。

実際には生殖適齢期のうちに金持ちにはなれませんでしたが、ふとしたことで結婚して娘も二人持つことできました。また妻が私と娘たちから離れ、別居するまでには長い時間はかかりませんでした。妻の能力と意思がそもそも結婚生活継続に向いていなかったこともありますが、私の中でジェニー・フィールズの影響が強く作用していたことが最も大きな原因だったと思います。

もしかしたら私は負傷した兵士のなかから生殖相手を探したジェニー・フィールズのように、結婚生活に向かない女性を生殖の相手に求めていたかも知れません。だとすれば結果として私は高校の時の願いを叶えたことになります。男性として生まれ、子供をもち、女性化して出産を除いたほとんどの母親の役につけたのですから。

それは楽な道ではありませんでしたが、今振り返っても他の道はなかったように見えます。

元妻とはもう連絡もとっていませんし、会いたいとも思いません。でも娘たちのなかにふと彼女の特質を見つける時、生殖の相手が彼女でよかったのだと思います。

ブレンダと呼ばれた少年

こんにちは、サクラです。

20年くらい前の本ですが『ブレンダと呼ばれた少年』というノンフィクションがあります。1970年代に赤ん坊の包茎手術で失敗して陰茎を損傷してしまった男の子ブルースが、女の子ブレンダとして育てられたという事件を追っています。

当時の医学界での性自認の考え方は「育ちが生まれに優る」というもので、医学博士ジョン・マネーが提唱していたものでした。生まれたときの脳はどちらのジェンダーに適応する可能性をもっているため、医者が恣意的に性別を決定すると子供はそれに従った性自認を持つようになるという、今から考えるととんでも説を展開しています。

もともとは半陰陽、両方の性の特徴をもって生まれてきたために性の判別の難しい新生児に対しての理論だったのですが、これがブルースのような陰茎の損傷以外は正常な男児に応用してしまったために悲劇が起こります。

実際ブルースは睾丸を除去され、名前を女性名のブレンダと変えられ、女の子として育てられ、将来的に造膣を含む女性器形成手術が予定されていました。しかし、男性として正常に生まれてきているため、この施術は家族との関係や学校生活で問題を起こすばかりで、10代後半でブレンダは自分の生い立ちを知ると男の子に戻ってしまいます。

詳細は省きますが、ここで性同一性障害的な観点で二つの点を挙げておきます。

一つはこの少年の体験したことはFtMに近いこと、性別を逆に考えるとMtFの私も共感できる点です。ブレンダはもともと男性で生まれてきたことは知らされていなかったので、精神的に置かれた状況はGIDのものと酷似しています。

実はわたしも医療関係の仕事をしていた父に「お前は生まれた時は女だったが、手術で男にした」とか「時々手入れのために夜中にお前を眠らせて改造している」などと言われたことが度々ありました。父はもう他界しているため、真実かどうかは確認する手段がないのですが、かなり恐ろしかったです。悪気はないのだろうと思うのですが度を越しています。ブレンダに対するマネー博士と同様に、40年ほど前の性に対する考え方はいろいろ雑だったのだと思います。

もう一つは彼も私も生物学的男性であったにもかかわらず、彼のほうは断固として女性器形成手術を拒否し続けた一方で、私はこれを進んで受けたことです。生物学的男性と一言でいってもさらに性自認のレベルでは多様であることがわかります。脳の視床下部という部位に特徴があると言われています。

私はSRSを受けるまでにいろいろな障害を越え、たくさんの段階を経たので、医者から女性器形成のための手術を受けろと半ば強制されることに拒否し続けたブレンダとはまったく違う苦労でした。

ブレンダは男性にもどりデヴィッドと名乗りました。この名前は巨人ゴリアテと戦うダヴィデに由来しています。子連れの女性と結婚もしていたのですが、自殺してしまったようです。離婚や家族の死、経済的な困難が重なったと言われていますが、ブレンダとしての受難が影響なかったとは言えないでしょう。

マネー博士のブレンダに対する施術は今の感覚から言うと雑で野蛮な対応としか言えません。一方で「性自認」Gender Identityという言葉を初めて使用したり、今に繋がるジェンダー論を世の中に広めたりもしていて、結果として性同一性障害の認知に貢献した人物とも言えます。

図書館でもすぐ見つかると思うので、機会があれば一読ください。

さよなら両性具有

こんにちは、サクラです。

SRSからもう一ヶ月半経ち、手術による傷やダメージもずいぶん回復してきたようです。回復に専念している間はあまり気付かなかった身体の変化について書きます。

この一月半の間は、ずっと股間の手術痕の周辺に痛さと痒さがつきまとっていました。当初は病院から痛み止めとしてボルタレンが処方されていましたが、その後は薬局で購入したロキソニンを服用していました。

手術後の股間はいろいろ腫れていて、見た目は正直とてもグロテスクでした。しかし腫れがひいてくると今まで固くなっていた箇所、例えば大陰唇に当たるところなども柔らかくなってきました。うつ伏せで寝ても楽になっています。

抗生剤のゲンタシン軟膏はまだ残っているので患部に塗っています。痛みがひいてきたので、少し落ち着いて自分の股間がどうなっているのか観察したり、触ってみたりすることができるようになりました。喪失感というとネガティヴな言葉として使われがちですが、股間に男性器がないことは、いわば快く爽やかで清々しい喪失感を与えてくれます。

また皮膚感覚、触覚が今までよりかなり鋭敏になったことに気づきました。ホルモン療法だけでも鋭敏になったと思っていたのにSRS後はこれに輪をかけたような状態です。それほどの変化を期待していなかったので、正直なところ驚いています。

私は女性ホルモンが、精巣から分泌されている男性ホルモン、テストステロンを無効化していると信じていました。しかし、どうやら精巣は造精は止めましたが、ホルモンの分泌は続けていたようです。

電車やエレベーターなどで同乗する男性の匂いが気になるようになりました。おそらく今までは自分にも少なからずあった匂いなので気にならなかったのでしょう。

男性器、特に精巣を備えつつ女性ホルモンを投与していたこの12年間の私の内分泌系は両性具有の状態だったのだと思います。身体が女性化していたので、男性ホルモンの力を過小評価していました。でも、これは精巣を失って初めてわかったことです。

両性具有的な在り方から脱したことが自分にどのような影響を与えるのか正直わかりませんし、想像もしきれません。このことは追って書くようにします。

ペニス 最後の戦い

こんにちは、サクラです。

SRSの当日までの一ヶ月間はホルモン投与を中止する必要があります。ホルモン療法はもともと血の塊を作りやすく、これがSRSの術後に寝たきりになっているとリスクとなるようです。このホルモン投与中止が思わぬ出来事を招きました。

手術説明書から抜粋します。

下肢深部静脈血栓症・肺梗塞:手術に伴う長期臥床のために生じる静脈血のうっ滞により血栓が下肢の深部静脈に発生することがあります。その血栓が術後にはがれ肺静脈に詰まる病気を肺梗塞と言います。ロングフライト症候群(エコノミークラス症候群)として知られています。手術中より両下肢にマッサージ器を装着したり、血液を固まらせにくくする薬(ヘパリン)を投与したりすることにより、血栓・肺梗塞の予防に努めています。万が一発病した場合には速やかに対処します。しかし重度の肺梗塞は救命できない場合もあります。

他に、喫煙、過度の飲酒も避けたほうがよいですし、加齢もリスクとなります。ホルモン投与の中止は、自分が男性に戻ってしまう恐怖から、あまり気が進みませんでしたが、命には代えられません。

ホルモン療法をしている時には男性器の性処理は、数ヶ月に一度くらいでよかったのでした。しかし、ホルモン投与を中止して二週間くらいすると夜や朝に陰茎が勃起するようになりました。

ちなみにホルモン治療開始後、1年もしない内に精子は作られなくなり、射精しようとしても空打ちのようになっていました。全体的にサイズは小さくなりましたが、硬さはあまり変わりませんでした。

その後10年以上経過しているので睾丸で精子を造ることはもうないのでしょうが、男性ホルモンは少なからず分泌されていたと思います。女性ホルモンの投与を中止すれば必然的に男性ホルモンが優位になり、勃起もしやすくなります。

不本意ではありますが、陰茎の勃起に対してはマスターベーションで鎮めました。勃起したままだとゆっくり寝れないですし、眠りも浅いのです。男性器に同一性を持たずに行うマスターベーションはあまり快感がありません。このため射精に達するのに時間がかかってしまうのもまた不快なことでした。

しかし、せっかく処理してもまた2日ほどすると再び勃起するのでした。私は自分の男性器が意外と機能していることを知り、驚きまた恐ろしく思いました。当然ながら再び鎮めます。

こんな戦いをSRS当日までに10回以上は続けたのでした。最後はなんだか良きライバルのような気持ちを自分の陰茎に持つようになりましたが、手術を受ければもう二度と会うことはありません。寂しくもありますが、私の進むべき道には陰茎の道連れは不要です。

違う時代、違う場所、違う状況で生まれていれば王国を築くことさえできたかもしれない私の陰茎は、こうして医療廃棄物として散っていったのでした。いまから考えると大事な二人の娘を授けてくれた男性器と最後に面と向き合い、触れ合えたのはよかったのかも知れません。

私の陰茎さん、そして睾丸さんたち。いままで本当にありがとう。安らかにお眠りください。