こんにちは、サクラです。
今日は言葉について書きます。性のあり方は言語によって違うのでしょうか?
普段日本語で話をしていると、性別によって話し方が違うのに気づきます。例えば一人称代名詞について、英語であれば性別に関係なく大文字書きの I の一種類しかないのに対して、日本語には「私は」「僕は」「俺は」などの選び方によって性別だけでなく、その人の立場や身分、年齢などがある程度浮き上がってきます。
ほかにも、語尾や、単語の選び方などについても性別による表現の違いはいたるところに見つけられるでしょう。最近の日常会話では、昔ほど性別による話し方の違いは見られなくなったとはいえ、やはり話すときに性別のことを意識せずに語るのは難しいでしょう。
私はときどきSNSなどで英語でチャットをすることがあります。そのときに感じるのは、日本語に感じるような、性別の制限をあまりうけないということです。文章の内容を見ればそれが男性か女性かわかるかもしれませんが、文章の形式だけでは判別することは不可能です。
一方、フランス語は性別の扱いが文法上で厳格な言語です。名詞の全ては男性名詞と女性名詞に分かれますし、形容詞も男性か女性かで変化します。
例えば un ami アナミといえば一人の男性の友達、une amie ユナミといえば一人の女性の友達であることは発音からわかります。複数の場合、男性を含む複数の友達 les amis と女性だけの複数の友達 les amiesの両方ともレザミという音なので、会話では違いがわかりません。でも綴りが違うので文章で書くと違いがわかります。
また、「私は満足です」という表現は男性なら Je suis content ジュスィ コンタン、となりますが女性ならJe suis contente ジュスィ コンタントゥ と発音します。形容詞の最後につく小さいトゥの音があるかないかによって、フランス語話者はそれが男性が発した言葉なのか女性が発した言葉なのかを聞き取るのです。
しかし、フランス語は一度自分の性別を決めれば話す形式が統語的に決まるのに対して、日本語は単語の選び方や言い回しで性別を表現することが比較的自由にできます。私のようなトランスジェンダーにはこれがかえって煩わしかったりします。
おそらく社会的なしくみと平行して、または関連して、このような言語の仕組みが性に与える影響は多いかもしれません。もしジェンダーの問題で悩んでいる人がいるようでしたら、なにか外国語を学習するのはどうでしょうか?
もしかしたらこれは突飛な提案に思えるかもしれません。思考するのに人は言語を使いますが、このときに別な言語を選べるようにできるならば、別な意見を導き出せるようになるかもしれませんし、もしかしたら今より自由な考えができるかもしれません。
トランスジェンダーのトランスはもともとラテン語のtrans「〜の反対側へ」「〜を越えて」という前置詞からきています。仮に反対側に、さまざまなものを越えて無事ついたとしたら、今度はそこで生活することになります。そこで生きるためには「こちら側」で使っていた知識や考え方を積極的に変える必要が出てくるかもしれません。言葉もその重要な一つの要素だと思います。